| 枯葉のコンチェルト |
| 木々の葉も大方散って、日一日と寒くなる季節。 子供たちは、落ち葉を集め、たき火を囲み、イモやクリを焼いて元気にはしゃいでいた。 大人達は、年末にかけて大忙しで、寒さなど気にする暇もなかった。 この街で暇なのは、乞食とバイオリンひきのプーファーくらいなものだ。 プーファーは、売れないバイオリンひきだった。年を越そうというのに何の用意も出来なかった。金目のものは、父の形見のバイオリンくらいのものであった。部屋に戻っても、ほとんど家具もなかった。みな、質屋に預けられているのだ。 冬の短い夕刻が終わると、早い夜が来た。街頭に灯が灯されるとプーファーは、いつもの酒場へ向かった。そこで、バイオリンを弾くのが唯一の仕事だった。小さな酒場で、演奏者は、プーファーしかいなかった。プーファーも情けで雇われているようなもので、演奏料もわずかなものだった。 酒場へ向かう途中、野原を横切った。プーファーは、たき火の残り火を見つけた。風はとても冷たいのに、その１点だけは、赤々と燃えていた。プーファーは、凍えそうな手をかざしてみた。しかし、その炎には、それを暖めるだけの勢いはなかった。 プーファーは、熾き火に向かって言った。 「僕は、もうダメかもしれない。コンクールに出ても落選ばかりだ。バイオリンだって、親父が若いころ使っていたものだ。親父もバイオリンでメシを食っていたわけじゃない。僕には、才能がないのかもしれない」 プーファーは、酒場のことを思った。 酒場には、どんなに心をこめ、技巧をこらし、バイオリンを弾こうと、耳を傾ける人は居なかった。バイオリンから奏でられる楽しい音も、悲しい音も酒場のざわめきにかき消されていた。多くの人の前でバイオリンを弾いていてもプーファーはいつも孤独だった。 プーファーは、言った。 「今日の仕事が終わったら、バイオリンひきをやめるよ。バイオリンも売ってしまおう。これでは、年が越せないもの。こんど、ここを通るときは、もうバイオリンを持ってないだろう。けっきょく、僕のバイオリンに拍手をくれる人はいなかった。聴いてくれる人さえいなかった」 プーファーは、熾きに落ち葉をかぶせると、酒場に向かって歩き出した。 酒場の窓には、灯りが点いていなかった。入り口のドアに「売り屋」と紙がはってあった。プーファーは、肩を落とし、質屋へ向かって歩き始めた。 「こういう運命だったのだ」 質屋の前まで来ると、プーファーに悲しみがこみ上げてきた。 悲しいときも楽しいときも、いつもともに時をすごしたバイオリン。たとえ、誰にも聴いてもらえなくても、いつも心を込めて弾いていた。 「もう１度だけ、もう１度だけ弾こう。最後の別れの曲を弾いてからここにこよう」 プーファーは、野原にやった来た。 たき火は、かすかに残っていた。 プーファーは、たき火に話しかけた。 「さっき、君に話したことは、うそになってしまったよ。僕は、まだ、バイオリンを持っている。でも、これが最後の曲だ」 プーファーは、バイオリンを弾いた。 あたりは、シンと静まり、バイオリンの音だけが響いた。 風もないのに枯葉が踊り始めたようだ。 バイオリンの音は、空気を震わせ、それにあわせて枯葉がおどった。 やがて、 パチパチパチ と拍手が起こった。 プーファーが振り返ると、たき火がはじけた音だった。 |