みつきちゃんとやなりさま

　みつきちゃんは、夜、トイレにいくのがこわくてたまりませんでした。
　オバケがでるかもしれないからです。
　だから、夜中でも、お父さんか、お母さんについて行ってもらわないとオシッコができません。
　ある日、みつきちゃんが「弟か妹がほしい」とお母さんに言うと「ひとりでトイレに行けるくらいおねえちゃんにならないといけないよ」と言われました。
　みつきちゃんは、五つのたんじょう日に、ひとりでトイレにいくことにしました。
　みつきちゃんのすむマンションは、あたらしい床やかべがつやつやしています。
　外の風の音も聞こえずとてもしずかでした。
　ろうかを歩くと、トントンと自分の足音だけが聞こえます。
　五歩もすすむとトイレのドアまできました。
　ぴかぴかの水洗トイレです。
　それでも、光がとどかないすみに何かいるような気がします。みつきちゃんは、いそいで用をたしました。
　自動で水がながれる音に追いかけられるように、お父さんとお母さんがいる部屋へかけこみました。
「ちゃんとトイレに行ってこられたよ」
　みつきちゃんがはんべそをかいて言うと、お母さんは「よくがんばったね」とほめてくれました。

　夏休みなので、いなかのおばあちゃんの家に家族でいくことになりました。
　おばあちゃんの家は、山の中にあります。
　車で何時間もかかかりました。
　おばあちゃんは、しわしわな顔をしわくちゃにして「よく来た、よく来た」と笑いました。
おばあちゃんの家は古くて大きくて、柱が黒い家です。みつきちゃんが歩くたび、木でできた床がきぃきぃとなるのでした。
　天井も高くて、横にはった太い柱からは、ほこりにまみれたクモの巣がたれていました。
　家のおくは昼間でもうす暗くて、大きなタンスのかげは、まっくらやみに見えます。
　みつきちゃんは、背中がさむくなって、おかあさんのスカートにしがみつきました。
「あら、どうしたの？　みつきちゃん、お家が大きいのでおどろしているの？」
「なんでもない。オシッコがしたいの」
　おばあちゃんは、みつきちゃんをトイレにつれて行ってくれました。
　トイレは長いろうかの向こうにありました。入口は木の戸で、ガタゴトッガターッとつっかえて、あけしめにコツがいります。
　カギも木でできていました。
　床がギシギシと音がして、ぬけるのではないかと心配しました。
おばあちゃんがトイレの外で見ていてくれるので、用をたすことができました。
　でも、夜に一人で行けるか不安になりました。

　夜はおばあちゃんがいっしょにねてくれることになりました。
　たかいてんじょうの木目がゾウやキリンなどの動物のすがたや、人の顔のように見えたりします。
「もう、ねようね」
　おばあちゃんはそういうと電灯を消しました。
　さっきまで鳴いていたカエルがだまりこむとほんとうに静かになりました。
　暗やみの中で、ミシッと音がしました。
　誰かが天井うらで、一足歩いたような音でした。
　みつきちゃんの心ぞうは、たかなりました。
　おばあちゃんに言おうと思いましたが、聞きまちがいかもしれません。
　すると、また、バキッと音がしました。
　みつきちゃんはおばあちゃんのねまきにしがみつき、「おばあちゃん！　音が……」と、ふるえながら言いました。
　おばあちゃんは、みつきちゃんの髪をなでて言いました。
「あれは、家鳴り。古い家の柱やかべがきしむ音だよ。怖くないから安心しておねむり」
　そう言われても、何かがいるような気がしてねむれません。
　おばあちゃんの寝息がきこえはじめても、ねられません。
　暗いふとんの中で、耳をすましていると、ミシシッ、パキポキン！　と音がするのです。
　そのたびに目がさえてくるのでした。
　そのうち、オシッコがしたくなりました。
　おばあちゃんについて行ってもらうことはためらわれます。
　なぜなら、お父さんに、おばあちゃんの家から帰ったら、自分の部屋で一人でねてよい言われているのです。
　お母さんが言うように、トイレにひとりで行けるようなおねえさんになれば、弟か妹ができるかもしれません。
　みつきちゃんは、おばあちゃんを信じて、ひとりでトイレに行くことにしました。
　しょうじ戸を開けて、ろうかに一歩ふみだすと床がミシシッとなります。
　みつきちゃんの心ぞうはドキリとしましたが、自分が出した音でした。
　立ったままじっとしていると、天井がミシシッと鳴りました。
　みつきちゃんは、引き返しておばあちゃんを呼ぼうか迷いましたが、がんばって一人で行くことにしました。
　みつきちゃんは、歩をすすめます。
　ミシッ！　ミシシッ！
　床が鳴ります。
　すると天井が、ミシシッ！　パキポンペン！　と鳴りました。
　みつきちゃんは、怖くて早足で暗い廊下を進みました。
　ミシッ、ミシシッ、パキン、ミシシッ……
すると、天井も、ミシシッ、パキポン、パキポッペン！　と鳴りました。
　何かがついてくるみたいだと思いますが、こわくてふり向く勇気がありません。
　とうとうトイレの前まで来たみつきちゃんは、戸をあけることができません。
　オバケがいそうでこわかったからです。
　みつきちゃんが、動いていないのに、家鳴りだけがひびきはじめました。
　パキンポン、ピキピッポン、ペンポコペン、ポケピッポン……だんだんヘンな音になっていきます。
　ポコペンポン！
　みつきちゃんは、おかしくなって、笑い声をだしてしまいました。
「うははははっ、おかしいだか？」
　うしろから声がしました。
　みつきちゃんは、思わずふり向いてしまいました。
　窓から、さし込んだ月の光にてらされて、きものを着た男の子が立っています。　
「トイレがこわいなら、おらがここでみていてやるだ。あんしんして用をたして」
　みつきちゃんは、誰だろうと思いましたが、その子の笑いがおを見ていると、怖さがどこかへ飛んでいってしまいました。
　みつきちゃんは、うなずいて、トイレに入りました。
　みつきちゃんが用をすませ、でてくると、男の子はいなくなっていました。
　みつきちゃんは急にこわくなって、はしっておばあちゃんの部屋にかけ込みました。
「おばあちゃん、男の子が、オバケがでたよ！」
　おばあちゃんは、眠そうな目をこすりながら、みつきちゃんをだきしめました。
「そうか、でたか……それは、やなりさまと言って、この家に住んでいる神さまだよ。この家の子はだれでも一度だけ会えるんだよ」
「神さま？　おばあちゃんも会ったことがある？」
「子供の頃に一度だけある。一人でトイレに行くのがこわくてふるえていたら、わらわせてくれた」
「あ、おなじだ……」
「みつきのお父さんも会ったことがあると言っていたよ」
「お父さんも……」
「やなりさまに会うと、その子は、ひとりでトイレにいけるほど、お姉さんやお兄さんになれると言われている」
　みつきちゃんは、自分の手を見ましたが、前とかわらない小さな手です。でも、おばあちゃんの家のトイレでも一人で行けたのです。
　それだけ、お姉ちゃんになったのでしょう。
　次の朝、ごはんを食べながら、おばあちゃんは、お父さんに、みつきちゃんがやなりさまに会ったことを話しました。
　お父さんは、にっこりうなずいて、
「そうか、みつきが、やなりさまに会ったか！　これでもう、お姉ちゃんだな。一人で寝れるな」とよろこびました。
　みつきちゃんもうれしくなって、笑いました。
　マンションに帰ったみつきちゃんは、自分の部屋をもらいました。
　一人でねていると、やなりさまにもう会えないとさみしくなります。
　でも、暗い部屋で、耳をすませると、きこえることがあります。
　ミシッ。
　ミシシ……。
ポコペンポン！